佐藤 竹善(さとう ちくぜん、1963年5月5日 - )は、日本のシンガーソングライター、キーボーディスト、音楽プロデューサー。ロックバンドSING LIKE TALKINGのフロントマンで、ボーカル・ギター・キーボードを担当しており、小田和正との共同ユニットPLUS ONEと塩谷哲とのユニットSALT&SUGARのボーカルでもある。血液型O型。青森県青森市出身。
父・祖父・曾祖父の名に「善」が含まれている事および「竹の様にすくすくと育って欲しい」という願望をこめて「竹善(たけよし)」と命名される。それ故、幼少時代から本人の名前が「ちくぜん」と誤読される事も多く、本人も開き直ったためかこの芸名にしている。幼少時は演歌一筋だったが、中学1年の時にタンカーの乗組員をしていた親戚の影響でビートルズの赤盤に出会い、それ以降洋楽に傾倒。まもなくベースを購入し、近所の友達とバンドを組み、市内で音楽活動を始める。青森県立青森高等学校進学後、軽音楽部に所属。同部で藤田千章と知り合う。その他、邦楽では主にオフコースを好んで聴いていた。
高校3年の時には保育園からの幼馴染西村智彦らとバンド「リファイナー」で活動。同年、母親からクリスマスプレゼントとして買ってもらったビリー・ジョエルのライブアルバムに刺激を受け、ミュージシャンを志す。1982年、神奈川大学法学部に新聞奨学生として進学と同時に上京。この時、千葉大学への進学を考えていた藤田に「東京に出てプロになろう」と誘い(藤田は明治学院大学法学部に進学)、共に音楽活動を続ける。洋楽では、クイーン昧さ回避]やクリストファー・クロス、カーペンターズの影響も受けており、黒人音楽の影響は薄かった。
1983年春、武蔵野音楽学院を中退して独自に音楽活動を続けていた西村智彦と再会。西村の(元リファイナー組を含む)音楽仲間らと「514バンド」を結成するが、翌1984年初夏に解散。1984年正月に西村が周囲に何も言わずに帰郷した際には、新川博のローディーを代理で務めた。ピアノやキーボードを始めたのは22歳頃になってからで、シンセサイザーも新調していた。横浜市内のタワーレコードの店舗に通い詰め、AORの存在も知った。
1985年に514バンドを前身として新バンドを結成。翌1986年、「ヤングジャンプ・サウンド・コンテスト '86」に出場する際にバンド名をSING LIKE TALKING(以下本項では「SLT」)とする。同年12月に「TRY AND TRY AGAIN」でグランプリを取り、ファンハウスのプロデューサー(当時)武藤敏史の元で修行したのち、1988年9月30日にシングル「Dancin' With Your Lies」でデビュー。デビューライブではジェフ・ポーカロ(TOTO)(Dr)、ネイザン・イースト(B)と共演。1993年リリースの6thアルバム「ENCOUNTER」、1994年リリースの7thアルバム「togetherness」でオリコンチャート1位を記録している。その間、1990年に小田和正、1991年に山下達郎のツアーサポートでバックコーラスも担当していた。彼らにトップクラスのボーカル力と言わしめる。
デビュー前後(1987年-1989年)にコカ・コーラのCMソング「I feel coke」の「さわやかテイスティ I feel coke」のキャッチフレーズで一世を風靡し、SLTが参加したイベントライブで客の反応が芳しくない時にテコ入れとして演奏していた。
1994年からSLTの活動の合間に断続的にソロ活動を行う。1996年には塩谷哲とのユニットSALT&SUGAR、小田和正とのユニットPLUS ONEを結成、同年、武道館ライブに進出。1997年からは誕生日近辺にイベントライブ「CROSS YOUR FINGER」を主催。歌手・バンド活動の傍ら若手ミュージシャンの発掘・指導も行う。その他、渡辺貞夫、日野皓正、小曽根真、前田憲男、服部克久等のコンサートライブにも共演している。本人に影響されたアーティストとして、ゴスペラーズの黒沢薫、コブクロの黒田俊介、SEAMO等が有名。
1998年、SLTデビュー10周年の年に、本人の出身地である青森市の市制100周年を記念してSLTからシングル曲「HOME TOWN」を発表。
2004年から2011年までの間は本人および他のバンドメンバーがソロ活動等に専念するためSLTとしての活動は途絶えていたが、2011年3月に8年ぶりにSLTからシングル「Dearest」およびアルバム「Empowerment」をリリースした。 2004年9月29日にはコブクロとの共演で「木蓮の涙」(オリジナル:スターダストレビュー)をカバー。オリコン9位。その翌月に発売されたアルバム「CORNERSTONES 3」はアルバムチャート5位。
2010年からは青森市観光大使も務める。
2013年自身初のクリスマスアルバム Your Christmas Day 、2014年には第二段をリリース。全編英詞による、オリジナルとカバーの混合。 「雪の星 〜Another Christmas Time〜」のMVでは松重豊が演じている。
2015年7月29日、初のソロオールタイムセレクションアルバム「3 STEPS & MORE 〜THE SELECTION OF SOLO ORIGINAL & COLLABORATION」をリリース。 新曲「Cry (For Africa)」の他、竹善作詞作曲アレンジ演奏による、クリス・ハートとのデュエット「HARMONIC」収録。
2015年12月 Your Christmas Day IIIをリリース。エス小山シェフとのコラボで11分に及ぶオーケストラルロック組曲 The Lost Treasure 〜The Adventures of Jaime〜収録。
2016年3月 Billboard Classics コンサートにて東京フィルハーモニー交響楽団(指揮:柳澤寿男)、大阪フィルハーモニー交響楽団(指揮:大友直人)と共演。
佐藤 竹善(さとう ちくぜん、1963年5月5日 - )は、日本のシンガーソングライター、キーボーディスト、音楽プロデューサー。ロックバンドSING LIKE TALKINGのフロントマンで、ボーカル・ギター・キーボードを担当しており、小田和正との共同ユニットPLUS ONEと塩谷哲とのユニットSALT&SUGARのボーカルでもある。血液型O型。青森県青森市出身。
父・祖父・曾祖父の名に「善」が含まれている事および「竹の様にすくすくと育って欲しい」という願望をこめて「竹善(たけよし)」と命名される。それ故、幼少時代から本人の名前が「ちくぜん」と誤読される事も多く、本人も開き直ったためかこの芸名にしている。幼少時は演歌一筋だったが、中学1年の時にタンカーの乗組員をしていた親戚の影響でビートルズの赤盤に出会い、それ以降洋楽に傾倒。まもなくベースを購入し、近所の友達とバンドを組み、市内で音楽活動を始める。青森県立青森高等学校進学後、軽音楽部に所属。同部で藤田千章と知り合う。その他、邦楽では主にオフコースを好んで聴いていた。
高校3年の時には保育園からの幼馴染西村智彦らとバンド「リファイナー」で活動。同年、母親からクリスマスプレゼントとして買ってもらったビリー・ジョエルのライブアルバムに刺激を受け、ミュージシャンを志す。1982年、神奈川大学法学部に新聞奨学生として進学と同時に上京。この時、千葉大学への進学を考えていた藤田に「東京に出てプロになろう」と誘い(藤田は明治学院大学法学部に進学)、共に音楽活動を続ける。洋楽では、クイーン昧さ回避]やクリストファー・クロス、カーペンターズの影響も受けており、黒人音楽の影響は薄かった。
1983年春、武蔵野音楽学院を中退して独自に音楽活動を続けていた西村智彦と再会。西村の(元リファイナー組を含む)音楽仲間らと「514バンド」を結成するが、翌1984年初夏に解散。1984年正月に西村が周囲に何も言わずに帰郷した際には、新川博のローディーを代理で務めた。ピアノやキーボードを始めたのは22歳頃になってからで、シンセサイザーも新調していた。横浜市内のタワーレコードの店舗に通い詰め、AORの存在も知った。
1985年に514バンドを前身として新バンドを結成。翌1986年、「ヤングジャンプ・サウンド・コンテスト '86」に出場する際にバンド名をSING LIKE TALKING(以下本項では「SLT」)とする。同年12月に「TRY AND TRY AGAIN」でグランプリを取り、ファンハウスのプロデューサー(当時)武藤敏史の元で修行したのち、1988年9月30日にシングル「Dancin' With Your Lies」でデビュー。デビューライブではジェフ・ポーカロ(TOTO)(Dr)、ネイザン・イースト(B)と共演。1993年リリースの6thアルバム「ENCOUNTER」、1994年リリースの7thアルバム「togetherness」でオリコンチャート1位を記録している。その間、1990年に小田和正、1991年に山下達郎のツアーサポートでバックコーラスも担当していた。彼らにトップクラスのボーカル力と言わしめる。
デビュー前後(1987年-1989年)にコカ・コーラのCMソング「I feel coke」の「さわやかテイスティ I feel coke」のキャッチフレーズで一世を風靡し、SLTが参加したイベントライブで客の反応が芳しくない時にテコ入れとして演奏していた。
1994年からSLTの活動の合間に断続的にソロ活動を行う。1996年には塩谷哲とのユニットSALT&SUGAR、小田和正とのユニットPLUS ONEを結成、同年、武道館ライブに進出。1997年からは誕生日近辺にイベントライブ「CROSS YOUR FINGER」を主催。歌手・バンド活動の傍ら若手ミュージシャンの発掘・指導も行う。その他、渡辺貞夫、日野皓正、小曽根真、前田憲男、服部克久等のコンサートライブにも共演している。本人に影響されたアーティストとして、ゴスペラーズの黒沢薫、コブクロの黒田俊介、SEAMO等が有名。
1998年、SLTデビュー10周年の年に、本人の出身地である青森市の市制100周年を記念してSLTからシングル曲「HOME TOWN」を発表。
2004年から2011年までの間は本人および他のバンドメンバーがソロ活動等に専念するためSLTとしての活動は途絶えていたが、2011年3月に8年ぶりにSLTからシングル「Dearest」およびアルバム「Empowerment」をリリースした。 2004年9月29日にはコブクロとの共演で「木蓮の涙」(オリジナル:スターダストレビュー)をカバー。オリコン9位。その翌月に発売されたアルバム「CORNERSTONES 3」はアルバムチャート5位。
2010年からは青森市観光大使も務める。
2013年自身初のクリスマスアルバム Your Christmas Day 、2014年には第二段をリリース。全編英詞による、オリジナルとカバーの混合。 「雪の星 〜Another Christmas Time〜」のMVでは松重豊が演じている。
2015年7月29日、初のソロオールタイムセレクションアルバム「3 STEPS & MORE 〜THE SELECTION OF SOLO ORIGINAL & COLLABORATION」をリリース。 新曲「Cry (For Africa)」の他、竹善作詞作曲アレンジ演奏による、クリス・ハートとのデュエット「HARMONIC」収録。
2015年12月 Your Christmas Day IIIをリリース。エス小山シェフとのコラボで11分に及ぶオーケストラルロック組曲 The Lost Treasure 〜The Adventures of Jaime〜収録。
2016年3月 Billboard Classics コンサートにて東京フィルハーモニー交響楽団(指揮:柳澤寿男)、大阪フィルハーモニー交響楽団(指揮:大友直人)と共演。